なぜ「正論」が人の心を遠ざけるのか ~ 米山隆一議員のワクチン発言
【ニュースの概要】
立憲民主党の米山隆一議員が、乳児へのワクチン接種を巡る議論についてX(旧Twitter)で発言し、話題になった。
発端は、絵本作家ののぶみ氏が「赤ちゃんのワクチンは半年で17本」「多すぎると思う人、リツイートお願いします」と投稿したこと。
これに対し、医師でもある米山議員は
「0歳児の1年間の授乳回数は2500〜3000回程度だが、多すぎると言う人はいない」
「ワクチンも同様に、それだけの回数が必要だから打っている」
と説明し、「多すぎると言うのは失当」と断じた。

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正直に言うね。
この発言を見たとき、
私は「この人、相変わらずだな」
って思ってしまった。
言ってることは、たぶん正しい。
データもあるし、理屈も通ってる。
医者だしね。
反論しようとしても、途中で詰む人も多いと思う。
でもね、それって「納得」したんじゃなくて
ただ「黙った」だけなんだよね。
米山議員って、ひろゆきさんとも渡り合えるくらい弁の立つ人じゃん。
今までも正論で相手を潰してきたんだと思う。
でも、それで本当に問題は解決してきたのかな、って。
ワクチンの話って、
理屈より先に「不安」が来る人が多い。
副反応を心配する人もいるし、
まだ小さな赤ちゃんに何本も注射する光景を見たら、
怖くなったり不安になったりするのは、保護者として自然な反応だと思う。
そこに対して、
いきなり正論をぶつけられるとどうなるか。
気持ちを理解して貰えない。
そんなことは言われなくても分かってる。
って、怨念をチャージするだけなんよ。
一方で、
「不安になる気持ちは分かる」
「多いと感じるのも無理はない」
「副反応が出るケースもあります」
そんな前置きがあるだけで、
人はスッと話を聞く体制に入る。
赤ちゃんにワクチンを打つのが怖い
って声をあげた人は、
正論を聞きたかったんじゃなくて、
ただこの不安を理解して欲しかっただけなんよ。
もしも最初に、
感情に寄り添う発言があれば、
その人の心の中に、
「この人、敵じゃないかも」
「話聞いてみようかな」
って、感情が湧いたと思う。
別にその本人がそう思わなくたって良いんだ。
それ、ちゃんと感じ取ってる人もいるんよ。
ひろゆきさんみたいなパフォーマーなら、論破でいいんだと思う。
相手を黙らせ、
場を制して、
見てる側が「スカッと」する。
この役割としては、彼は完成度がめちゃくちゃ高い。
それに、パフォーマーなら信頼されなくても成立する。
でも政治家は違う。
言論の強さと同じくらい、
「この人、なんか安心する」
とか、
「話聞きたい」
って言う、
目に見えない、心の部分での補完が合わさって、
信頼に値するんだと思う。
言論の強さは武器になる。
でも信頼は、時間をかけて積み上げるもの。
米山議員の発言を見て、
私は正しさよりも先に、
「この言葉、誰の心に届くんだろう」
って考えてしまった。
たぶん今の時代、
論破することよりも、
相手の心に寄り添うことの方が、
政治には大事なんだと思う。
少なくとも私は、
そういう政治家の言葉を信じたい